和歌山にきたキッカケ

「僕は出身が千葉県で、学生の頃から東京在住が長かったのですが2000年から田舎暮らしに目覚めました。きっかけは25歳の時に友人の紹介で長野の大鹿村の農家(現・大鹿ふりだし塾)で約10ヶ月間居候したことで、自給自足やセルフビルドの体験をしたことです。その後に千葉の農園付きパン屋で研修生など各地を転々と探し、熊野川町にたどり着きました」

「ここはいままで見た田舎と全然違った。水の綺麗さ、南国的な暖かさ、都会からまったく離れて空気も美味しい。そのときに『ここなら一生住んでもいいな』と思いました」

「修験道にも興味があり、熊野川町にある修験道のお寺『山学林』で半年間、修行僧として生活しました。その時に初めて田んぼを荒起こしから稲刈りまでやらせてもらったのが米作りに目覚めたきっかけです。」

 

その後自給自足の生活をするための資金をつくるために一旦千葉に戻り就職。

福祉関係の職場で3年半勤めるかたわら米作りにも取り組み、千葉県神崎町の「不耕起栽培塾」で現在の奥様と出会いました。

二人での田舎暮らし移住先を探し始め、再び熊野の地に戻ってきました。

 

「仕事をやめて久しぶりに熊野を訪れてやっぱりいいところだなーと感じました。そしたら、お世話になった山学林の近くに良い物件がありました。ここは移住して9年目の方が建てた家で、理由あって翌年引っ越す予定なので買う人を探していたんです。」

「ここなら借りれる田んぼもたくさんある。ちょうど近所の方が田んぼをやめるタイミングでもあり、来たら1年目から田んぼできるよ、と言われました。すべてタイミングがよかった。」

 

最後はご縁と直感で決めたと笹本さんは言います。

奥様もひとめでここを気に入り、「ここだったら決めてもいいんじゃない」と言ってくれたそうです。

 

「他にも移住先候補をまわる予定だったんだけど、最初の熊野で決めてしまいました。」

「今の時代だったら情報検索して自治体の補助金制度だったり物件情報などを比較検討するんでしょうけれど、僕らはまったくしなかった。人の縁、土地の縁で移住を決める。そんなパターンもあっていいんじゃないかな」

 

 苦労したこと、思う事

 

「苦労した事はいっぱいあります。サル、シカ、イノシシの全てがいる山間部なので、田んぼも畑も獣害がひどい。知識も技術も未熟なので、思っていたより田んぼは大変でした。」

「1年目は3反、2年目は7反ほどお米を作りました。歩行型の耕運機で、収穫後はハザがけの天日干し。無農薬なので草取りが追いつかない状態。収穫後も大変。じゃあこれを売ったらいくらになるのか。とても生活できないなと思いました」

「1年目2年目は仕事らしい仕事はしなかった。でも米だけで生活するのは経済的に難しかった。ここで一度挫折しました。」

「その後は自給ベースの田んぼと畑で現在は田んぼ3反と畑1反くらいの作付け規模。糀や味噌も作ったり、農閑期に廃材や丸太を使ったセルフビルドでテラスを作ったり。楽しみながらやっています。」

 

田舎の密な人間関係にも最初は戸惑いを覚えたといいます。

 

「まわりの目としては奥さんを働かせてあの男は道楽で田んぼをやってる、みたいな感じだったんじゃないかな。『無農薬でお米なんて、ナメとるんか』みたいな。でもそういうの気にしてたら何もできない。」

「自分なりの農法の理解が得られず地元の方とぶつかることもありました。水路管理や草刈りのことでも気を使うし、苦情もありましたね。」

 

移住して8年。いろいろな苦労を乗り越えてこそ深い根が張れるのだな、と笹本さんの姿から感じます。

 

 仕事のこと

 

「農業で挫折を味わい、現場仕事を手伝うようになりました。慣れない肉体労働は最初は大変だったけど、だんだん面白くなってきました。」

「2011年の水害の後は土木工事が多く、未経験のよそ者でも使ってもらえたんです。怪我したり辛い時期もありましたが地域で働いているうちに地元の業者から声がかかるようになりました。仕事はハローワーク等で探したことはありません。知人や地元の方のご縁で紹介してもらっています。いまでは食べていけるぐらいの仕事はあります。」

 

やりたいことをやるために一定期間、季節労働や工事現場などで働く。

そのやり方が自給自足の生活とマッチしているようです。

 

「3年目以降はこのような現場仕事と自給自足の両立を目指してやってきました。農的な暮らしを目指して移住してくる人はこのテーマはひとつのハードルでしょうね。」

 

現在は季節労働のかたわら、農業体験のできるゲストハウスを準備中だそうです。

 

「田んぼと畑のあるセルフビルドの家が拠点で、農家民泊の認定も下りました。これまでの現場作業の技術や知識が活きていまゲストハウスを改修するのにも役に立っています。」

「川に面している家で、露天風呂を作ろうと考えています。次の夏頃オープンが目標です。屋号はゲストハウス『クマァノ』。熊野の自然を満喫できる宿にしたいと思っています。」

 

 これからの展望

 

「現在準備中のゲストハウスを開業して『自分のしごと』のウェイトを大きくしたい。来たお客さんに自家産の米や食材、料理を食べてもらったり。自分たちの手で作り出す仕事は最初は小さくてもゆくゆくは柱となっていくもの。」

「『こういう生き方もあるんだ』『こんなんでも自給自足やっていけるんだ』というメッセージを発信していきたい。自分も何も知らないところから居候で学ばせてもらったり、お寺で受け入れてもらって移住のきっかけになったので、ゲストハウスで移住希望者を受け入れてこの町に移住の仲間が増えていったら嬉しいです。」

 

 

 

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