平成17年に「緑の雇用」制度で東京から熊野川町に移住した本間さん。現在は作曲家として活動されています。長井という集落でマイホームを建て「一生ここに暮らす」と決めた本間さん一家は地域にすっかり溶け込んでいます。本間さんはもちろん、奥様やお子さんたちのいきいきとした表情がその充実した田舎暮らしを物語っているよう。そんな本間さんに移住のキッカケや日々の暮らしのことなどインタビューしました。

 

熊野川町に移住したキッカケ

本間;ぼくも嫁さんもずっと田舎暮らしをしたいと思っていましたが、音楽で自分を試してみたいと思い東京で活動していました。「35歳までに」と決めていたんですが、いよいよ35歳になり長男も産まれて子供が小さいうちに移住したほうがいいだろうという考えもあって、音楽は趣味に置いておくことにして移住を優先的に考え始めました。田舎に仕事があるんだろうか、と探していたときに新聞の広告で「緑の雇用」の募集を見つけ、東京でのガイダンスに参加しました。最初に「関西圏で探す」というのは決めていたのですが、各県のブースがある中で和歌山は特に活気があり、県外からの受入れも積極的。林業が盛んで、気候も温暖。そこで和歌山が気に入って後日面接会に参加したところ、熊野川町の森林組合が雇用してくれることになり移住を決めました。

 

移住してから

本間;林業はこちらに来てから6年ほど従事しました。林業は非常に面白かったのですが、歳が40を超えると一気に体力・集中力が落ちてしまって辞めました。

本間;間伐材を市場に出すために伐り出しする搬出間伐では、残す木を傷つけないように、そして搬出しやすい方向に確実に伐倒しないといけないので、すごい細い隙間にピンポイントで倒さなければならない事がよくあります。それがバスッと決まると、特に太い木だと気持ち良かったですね。それから、その伐った木を切り分ける際に、曲がり具合とか両端の直径の差を考えながら「この部分は3mで切ろうか、その上の部分は4mにしようか」などと、少しでも無駄なく高い値段で材が売れるように考えながら切るのも楽しかったです。

森;林業のあとはどういったお仕事をしていたのですか?

本間;その後は森林調査の仕事やPC関係の仕事を1年くらい。水害後は土木の仕事をして2年半働きました。そうこうしているときに音楽のオーディションに合格したんです。

森;長年の努力が実ったのですね!合格したときはどのような心境でしたか。

勿論嬉しい気持ちは大きかったです。ずっと夢見てきた事ですし。やっと自分の理想とするスタイルで、つまり田舎に住みながらネットを使って都会の会社と音のやり取りをする事が出来ると。でも、今まで自由に自分の好きな様に作ってきたのとは違い、仕事として相手の要求に答えていかなければならない、それが続けていけるのだろうか、その才能があるのだろうか、という不安もありました。その不安は今でも常にありますけど。

森;熊野にきて作風が変わったとか、インスピレーションを多く受けたというような影響ってありましたか?

熊野に来て作風が変わったのは事実です。でも、来て初めの数年は全く曲が出来なかったんですよ。慣れない山仕事でいっぱいいっぱいだったというのもあったと思うんですが、作りたいという欲求が薄れてしまって。自然に囲まれた生活環境だけで気持ちが満たされてたのかも知れません。多分、街に住んでる時は自然が周りに無いことで満たされない気持ちを音楽にぶつけていた部分があったんでしょうね。でも数年経って再び作りたい気持ちが再燃してきて、そこで出てきた音は本当に自分が出したい音と言うか、あれもこれもみたいなブレが無くなったように思います。純粋に自分が欲する音が作れるようになった、という感じ。でも、あれもこれもと作ってた事が、色んなジャンルの曲を作らねばならないBGM作りに役立っているのも事実です。ん~、だからまとめると、街での生活と熊野の生活の両方を経てきたからBGM制作のオーディションに合格したんだと思います。

日々の生活について

本間;僕は熊野川町の「ほどよさ」が気に入っています。30分車で走ったら新宮市内。なのにここは自然が豊か。特に不便は感じていません。

森;病院が遠い、などは感じませんでしたか?

本間;長男は東京で産まれて、生後10か月のときにこちらにきたのですが、東京では出産予定の病院に行くにもすごい渋滞なんですよ。陣痛が始まったときタクシーを呼んだのですが、渋滞で病院にたどり着くまですごく時間がかかりました。それを考えたらここから新宮市内の病院に行くのもそんなに変わんないなって。次男三男はこちらで産まれたのですが、特に病院が遠いから不安、みたいなことはなかったです。

森;買い物はどうしてますか?

本間;生協の宅配を頼んでます。数人でグループを作って、日足(熊野川町の中心地)まで取りに行くと送料が無料になるんです。市内の大型スーパーなんかで買うより割高ではあるんですが、往復のガソリン代が浮きますし、買い物に行くとつい余計なものを買っちゃう。それを考えると生協は便利なのかなって。あとはネットでだいたい済みます。

森;田舎での子育てはどうですか。

本間;田舎は川や空き地など遊べる場所が多く、子供たちが自分で遊びを「創作」しています。外で枝を集めて秘密基地作ってみたり夏は川で泳いだり。ウチの直ぐ目の前の川で鮎釣りやズガニ捕りだってできます。都会にいたときは自然に触れようと思うと渋滞の中何時間も車を走らせてましたが今はもう目の前、手の届くところに自然があります。自然を満喫してすぐ家に帰れる。すごい豊かだなと思いますね。家の近くでこれだけ満足できるので今はどこか旅行に行きたい、みたいなことを感じません。

家を建てた経緯

本間;熊野川に来てまずは「促進住宅」に暮らしていましたが、途中でそこの管理団体が変わるということで退去しなければならなくなりました。ずっと団地暮らしは嫌やと思ってたしちょうどいい機会だと思って空き家を探しました。しかしなかなか貸してもらえる家は見つからなくて、そうこうしてるうちに空いてる土地があるよという話が舞い込んできました。まあ一度見るだけ見てみるかということで見に行ったらそこがものすごくよくて。「もう建てようか」と(笑)

森;それがこっちに来て何年目の話ですか?

本間;3年半くらいの時です。僕は一人っ子なので埼玉で暮らす親にも確認しました。「家建てようと思うんやけど建てたら将来こっち来るか?」って。そしたら「行くわ」って言ってくれて。それで建てることにしました。

森;この家のこだわりを教えてください。

本間;当時山仕事をしていたこともあり、この辺の材をふんだんに使った家にしたいと思いました。合板は使っていません。材料費を安く抑えるために、節のある材を多用したり「死に節」っていう穴の開いた節に詰め物をした板を使ったりしてます。それから床は蜜蝋ワックスを塗ってます。当時子どもが小さかったのでできるだけ自然素材でいこうということで。

本間;木は湿気を調整する働きがあります。熊野は湿気が多くて、前に住んでた団地はカビだらけ。結露もびしょびしょで。とにかく湿気対策はちゃんとしなきゃいけないと思って、そういう意味で木は多めに取り入れました。それから窓を大きくして通気をよくしたり、天井の壁紙を月桃紙という吸湿作用のある紙を採用しました。

 

これからのこと

本間;地域に若い人が少ないじゃないですか。昔から伝えられてきた行事や祭りも「いつまでできるんやろうね」と言いながら毎回やっている。そういう今まで続いてきたものを、余所者ではあるけれども僕らがきちんと受け継いで行かなきゃいけないと思っています。移住者は他所から来てやりたいことがいっぱいあるかもしれない、当然それは迷惑をかけない範囲でしたらいい。でも地元の人が求めているものをきちんと理解して生活していかないとうまくいきません。集落で使っている山水の管理なんかもお年寄りは大変だから若い人が率先して行くというような。地元の人が求めていることをしてあげつつ、自分のやりたいことをする。そういうスタンスが大事なんじゃないかってものすごく思います。そういうスタンスで地元の人に「来てくれてよかったよ」と言ってもらえる形でずっと生活していきたいな。

 

これから移住を考える人へ

本間;夫婦で他地域から移住するといったときに、お互いの田舎に住みたいという価値観が一致していないと続かないと思っています。緑の雇用で田舎に来た人をたくさん見たんですが、旦那は田舎暮らししたい気持ちが強い。でも嫁さんがそうじゃなかったりすると、そんな夫婦はまた街に戻ったり、離婚してしまったり…。というのを何組も見ました。だからね、絶対にそこは重要ですよ。

本間;熊野川町には本宮大社のような大きな「観光名所」が無いんで、観光客が沢山来てざわざわしてるというようなことがない。でも熊野古道「大雲取越」「小雲取越」の要所として昔から人の往来があった場所なせいか、よそからの人に対してオープンな雰囲気があるように感じます。そういうところが僕はすごく気に入ってるんですよ。特に僕の住んでいる地区はそうなんじゃないかな。

本間;僕が唯一、この町で物足りないと感じていたのが「音楽できる場所がない」ということ。でも最近サンサロカフェができたので、もう完璧です。

 

Print Friendly
LINEで送る
Pocket